ストーカー加害者にGPS装着——自民党提言案が示す新たな被害者保護の一手
「禁止命令が出ているのに、また近くに来ていた」——そんな恐怖を抱える被害者の声が、長年にわたって制度の限界を訴えてきました。
命令に違反しても警察が動けるのは事後対応が基本で、被害者が自分の身を守れる手段が限られているという点が、現行制度の実効性に課題があると指摘されてきた理由です。
2026年5月19日、自民党の治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会が新たな提言案を取りまとめました。その柱は「ストーカー規制法(つきまとい行為を取り締まる法律。2021年改正でGPS悪用も規制対象に追加)に基づく禁止命令が出た加害者に、衛星利用測位システム(GPS)端末を装着させる」というものです。被害者への接近通知も制度として検討対象に含まれており、海外では既に類似の仕組みが導入されている国もあります。調査会の葉梨康弘会長は「技術的な制約も検討し、ストーカー規制法の改正も含めた対策を急ぐべきだ」と公式に述べており、法改正を前提とした議論が始まっています。
この記事では、提言の具体的な内容・海外の事例・課題点を整理しながら、「この制度は実際に被害者を守れるのか」という問いに向き合います。制度の詳細がよくわからない方、賛否両論の報道を見て混乱している方に向けて、できるだけわかりやすく解説します。
提言の背景——なぜ今、GPSなのか
ストーカー被害の現状と、現行の禁止命令制度が抱える限界を数字で確認しましょう。
警察庁の統計によると、2025年(令和7年)の全国ストーカー相談受理件数は2万2,881件にのぼります。警察はまず「警告」を行い、行為が続く場合に「禁止命令」へと進む流れが実務の基本です。2025年(令和7年)は警告が1,577件と5年ぶりに増加に転じており、被害の早期対応への注目が高まっています。一方、同年の禁止命令3,037件のうち約6割が緊急禁止命令であることは、危険度の高いケースが多数含まれている実態を示しています。命令が発出されても、加害者が無視して接近し深刻な被害に至った事件は繰り返されており、書類上で「禁じた」だけでは被害者の安全を物理的に担保できないのが現状です。
自民党の提言案が目指すのは、この「命令と現実のギャップ」を埋めることです。GPSによる位置把握と接近通知によって、被害者が危険を察知し、警察が迅速に対応できる体制を作ることが狙いです。
※統計は警察庁公表資料(2025年)に基づきます。全国集計値と都道府県別集計値は対象範囲が異なります。
よくある疑問を解決——GPS装着制度のQ&A
「禁止命令」「GPS装着」と聞いても、具体的なイメージが湧きにくいと思います。5つの疑問に丁寧に答えます。
ストーカー規制法(つきまとい行為を取り締まる法律)に基づき、警察本部長や公安委員会(警察を管理する行政組織)が加害者に対して「被害者への接触・つきまとい行為を禁じる」命令を出す制度です。警告を無視して行為が続く場合などに発令されます。命令に違反した場合は罰則の対象となりますが、あくまで「違反してから動く」事後対応が基本であるため、被害者が危険にさらされる前に止める手段がないという問題があります。
提言案では、禁止命令が出た加害者にGPS端末を装着させることが想定されています。加害者が被害者の一定エリア内に接近した際に被害者へ通知が届く仕組みも「想定している」段階であり、制度として確定したものではありません。警察も位置情報を把握し迅速に対応できる体制とセットにすることが有効とされていますが、詳細な運用設計や法整備は今後の検討課題として議論が続きます。
GPS装着は行動監視を伴うため、加害者のプライバシーや移動の自由との兼ね合いが論点になります。ただし、禁止命令とは「すでに裁量的な判断のもとで接近行為を制限している状態」です。その上でさらに位置情報の把握を課すことが、憲法上の権利制約として許容される範囲かどうかは、今後の法整備の議論で精査されます。韓国・イギリスなど先行国では、裁判所の判断を経てから装着命令を出す運用が採られており、日本でも手続き面の担保が重要な論点となるでしょう。
これは現時点での最大の技術的・運用上の課題のひとつです。着脱可能な端末であれば意図的に外される可能性があり、その際の通知・対応の仕組みや罰則を明確に定める必要があります。海外では足首に装着するアンクレット(足首巻き型の電子タグ)型が使われることが多く、外した際に即座に警察に通知される仕組みを組み合わせています。日本版の設計でも、「外した時点で違反として即対応できる」体制の構築が必要かどうか、今後の議論で詰められます。
今回の提言案には、GPS装着だけでなく加害者への治療・カウンセリング受診の義務化も盛り込まれています。現行制度でも警察当局が治療受診を勧めていますが、受診率は依然として低く、勧告が中心の現状では効果が限定的であることが課題でした。義務化によって再犯防止につながることが期待される一方、強制力をどう担保するかという点は未解決です。葉梨康弘調査会長は「ストーカー規制法の改正も含めた対策を急ぐべきだ」と述べており、GPS装着とカウンセリング義務化の両輪で制度を強化する方向性が示されています。ただし、義務化した場合の違反に対する罰則設計や治療機関の受け皿確保など、実現に向けた課題は少なくありません。
海外との比較——各国のストーカーGPS監視制度
GPS監視制度は日本だけの発想ではありません。海外では既に導入が進んでいます。各国の制度を比較して、日本の提言がどう位置づけられるかを見てみましょう。
以下の情報は公開資料に基づく概要です。制度の詳細は各国の法制度や運用時期によって異なります。
| 国・地域 | 制度名・根拠 | 判断主体 | 接近時の対応 | 治療・カウンセリング |
|---|---|---|---|---|
| 韓国 | 電子監視制度(2023年以降拡大) | 裁判所命令 | 警報+警察介入 | 条件付き義務 |
| イギリス | SHPO(性的暴力防止命令)等 | 裁判所命令 | 警報+警察介入 | 条件付き義務 |
| フランス | 電子監視ブレスレット制度 | 裁判所命令 | 双方向警報システム | 任意(義務なし) |
| アメリカ | 州ごとに制度差が大きい | 裁判所命令(各州) | 州により異なる | 州により異なる |
| 日本(提言案) | ストーカー規制法改正を検討中 | 法整備の議論中 | 設計未定 | 義務化を提言 |
先行する各国に共通するのは、裁判所が命令を出すという手続きの明確化です。ただし制度名・根拠法・運用条件は国ごとに大きく異なります。日本の制度設計でも、手続きの透明性と迅速性の両立が求められるでしょう。なお、本表は法務省公開資料を参考に作成した概要です。
GPS装着制度のメリットとデメリット
どんな制度にも光と影があります。GPS装着義務化の「期待できる効果」と「乗り越えるべき課題」を整理しておきましょう。
メリット
- 被害者が加害者の接近を事前に察知できる
- 警察が位置情報を把握し迅速に介入できる
- 加害者への心理的抑止力になる
- 禁止命令の実効性が格段に高まる
- 被害者の心理的安心感・生活の質が改善される
- 再犯データの蓄積で制度改善につながる
デメリット・課題
- 端末の破壊・取り外しへの対応が未整備
- 加害者のプライバシー・人権との均衡
- 通知が頻発すると被害者の精神的負担になる恐れ
- 電池切れ・通信障害時の安全性が不透明
- 法整備・運用体制の構築に時間がかかる
- 初犯・命令前の段階の被害は防げない
特に「被害者への接近通知」については、通知が届くたびに恐怖を再体験させてしまう可能性を指摘する専門家もいます。通知を受け取るかどうかを被害者自身が選択できる設計や、通知と同時に警察が動き出す仕組みを組み合わせることが、より実効的な制度づくりにとって重要になるでしょう。
被害者・支援者・一般市民——それぞれの視点から見た提言
この提言は立場によって受け止め方が異なります。自分に関係する視点を確認してみましょう。
被害者・その家族の方へ
禁止命令が出ていても「また来るかもしれない」という不安を抱え続けるのは精神的に非常に辛いことです。この提言が実現すれば、加害者の動きを把握できる可能性が高まります。ただし現時点では法整備の途中段階です。今すぐできることとして、警察への相談記録の保持・弁護士への相談・DV相談窓口の活用を並行して進めることをお勧めします。
支援団体・相談機関の方へ
カウンセリング義務化が盛り込まれたことで、加害者支援プログラムへの社会的関心が高まる可能性があります。義務化が実現した場合の受け皿となる専門機関の拡充や、支援者自身のトレーニング体制の整備が今後の課題となるでしょう。
制度を見守る一般市民の方へ
「加害者の人権」と「被害者の安全」のどちらを優先するかという議論は、単純な二項対立ではありません。手続きの適正さを守りながら被害者を守る制度を丁寧に設計することが求められています。今後の法案審議の行方を注視し、社会として議論を深めていくことが大切です。
制度が実現するまでに——今あなたができること
GPS装着制度はまだ法整備の途上です。制度が整うまでの間、被害者・関係者がとれる行動をチェックリストで確認しましょう。
日時・場所・状況を文字と写真で記録。警察への相談・被害届の証拠になります。
被害の深刻度にかかわらず、早めの相談が制度活用の第一歩です。
法的手段の選択肢を専門家に確認しましょう。費用が心配な方は法テラス(無料法律相談の窓口)が利用できます。
市販のGPS端末やホームセキュリティは防犯グッズの一例として参考になります。ただし、これらは警察が運用する法執行用の追跡システムとは別物であり、禁止命令の代替にはなりません。あくまで自衛手段の補助として位置づけてください。
家族・職場・近隣など周囲の人と状況を共有し、孤立しない環境を作ることが安全につながります。
まとめ——「命令」を「保護」に変えるための一歩
ストーカー被害の恐ろしさは、「いつ来るかわからない」という不確かさにあります。禁止命令は重要な制度ですが、命令だけでは物理的な安全を保証しきれないのが現状でした。
自民党の提言案が示すGPS装着制度は、その「現実の壁」を越えようとする試みです。韓国・イギリスといった先行国の事例が示すように、裁判所の関与・即時対応体制・カウンセリングとの組み合わせによって初めて機能する制度設計が求められます。
「加害者の権利制約」と「被害者の安全」は本来対立するものではありません。適正な手続きのもとで行動を制限し、同時に加害者の更生を支援する——その両輪が整ったとき、制度は被害者保護と再犯防止を両立しやすくなります。今後の法整備の動向を、ぜひ関心を持って見守っていただければと思います。
今すぐ相談できる窓口
- 警察相談専用電話:#9110(24時間対応)
- 法テラス(無料法律相談の窓口):0570-078374
- 配偶者暴力相談支援センター(DV・交際相手からの暴力も対象)
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