「延命治療」から「生命維持治療」へ
4学会が11年ぶりの新指針を公表
「もし自分が意識を失ったら、どんな治療を受けたいですか?」——この問いを、あなたは家族と話したことがありますか。 高齢化が進む日本で、”最期の医療のあり方”は誰にとっても切実なテーマです。 2026年2月27日、救急や集中治療を担う4つの医学会が、生命維持治療の終了ルールを約11年ぶりに見直した指針案の意見公募を開始しました。 この改定は、患者本人の意思を守るだけでなく、家族が重い決断を一人で背負わないための仕組みづくりでもあります。
一次情報:改定案原文(日本集中治療医学会 公式ガイドラインページ)
指針を策定した医学会数
(集中治療・救急・循環器・緩和医療)
前回改定からの経過
(前回:2014年11月)
パブリックコメント
(意見公募)開始日
「延命治療」と何が違う?「生命維持治療」の意味
ニュースでよく聞く「延命治療」という言葉ですが、今回の改定案ではあえて「延命治療」という言葉を使わず、「生命維持治療」という表現を採用しています。その背景には重要な理由があります。
なぜ今、11年ぶりの改定なのか
近年、患者本人の意思を尊重する考え方(アドバンス・ケア・プランニング)が広まる一方で、医療現場では法的リスクへの不安から「望まない延命が続いてしまう」ケースが問題視されてきました。高齢多死社会が現実となった今、こうした現場の混乱と家族の負担が、改定の大きな契機となっています。
「延命」か「治療」かの境界は曖昧
人工呼吸器や胃ろう(胃から直接栄養を入れる方法)などは、状況によっては回復に向かうための大切な手段です。一方で、回復の見込みがない段階でも同じ処置が続けられると、「ただ命をつなぐだけ」になることもあります。どこからが「延命」かを一律に決めることは難しいため、新しい指針では「生命を維持するための医療行為全般」として広くとらえる考え方を取っています。
今回から緩和医療学会が加わった意義
今回の改定で新たに日本緩和医療学会が正式に参加し、4学会体制となりました。緩和ケアの専門家が指針づくりに加わることで、治療終了後に患者が苦痛を感じないよう手当てする手順が具体的な別文書として付属するようになっています。また、がんとは異なり良くなったり悪くなったりを繰り返す心不全などの循環器疾患は「辞め時」の判断が難しいとされてきましたが、今回の改定では循環器疾患への視点も強化され、より幅広い患者に対応できる指針となっています。
「終末期」という定義をあえてなくした理由
これまでの指針では「終末期にあたるかどうか」の判断が話し合いの出発点でした。しかし現場の医師からは「この患者が終末期かどうか判断できずに議論が止まってしまう」という声が長年上がっていました。今回の改定案では「終末期」の定義そのものを外し、治療をどのプロセスで判断するかに重点を移しています。
旧指針との違いを5分で理解——新旧比較表
2014年の指針と今回の改定案では、どのような違いがあるのでしょうか。主な変更点を整理しました。
| 項目 | これまでの指針(2014年) | 今回の改定案(2026年) |
|---|---|---|
| 策定学会数 | 3学会 | 4学会緩和医療学会が追加 |
| 「終末期」の定義 | 定義あり(判断基準として使用) | 定義なし(プロセス重視へ転換) |
| 意思決定の主体 | 記載はあるが具体的手順が乏しい | 患者本人を中心とした話し合いの手順を明確化 |
| 一度始めた治療の中止 | 具体的な手順の記述が不十分 | 期限付き試行を明記(やめる選択肢を確保) |
| 緩和ケアの記述 | 概括的な言及のみ | 具体的な手順を別文書で付属 |
| 家族支援 | 言及あり | 必要性を明記・具体化強化 |
「一度始めたら止められない」という壁が崩れる
多くの方がご家族の入院を経験した際に直面するのが、治療を開始した後の「引き返せない感覚」です。実際に現場の医師でさえ、法的責任を問われることを恐れ、患者や家族が終了を望んでいても治療を続けてしまうケースがあると報告されています。
「期限付き試行」という新しい考え方——具体的シナリオ
今回の改定案で特に注目されるのが、「時限的試行(タイムトライアル)」という考え方の明記です。たとえばこんな場面を想像してください。
手順が示されることで医療者も動きやすくなる
指針に治療終了の具体的な手順が示されれば、「患者の意思に沿いたいけれど、責任が心配で踏み出せない」という医師の状況を減らすことができます。患者・家族・医療者の三者が同じルールを共有することが、より本人の意思を尊重した医療につながります。
改定案の5つのポイント(チェックリスト)
- 「終末期かどうか」の判定をやめ、話し合いのプロセスを重視
- 患者本人の価値観・希望を中心に、医療者と家族が一緒に考える仕組みを明確化
- 期限付きで治療を試し、状態を見ながら見直せる「時限的試行」を導入
- 治療を始めない・終了する場合の緩和ケアの方法を具体的に記載
- 家族への精神的サポート(グリーフケア)の必要性を明記
この指針改定の期待と課題
期待できること
- 本人の意思が尊重されやすくなる
- 医療者が患者の希望に沿いやすくなる
- 家族が一人で決断を抱え込まなくて済む
- 不必要な苦痛を伴う処置が減る可能性
- 緩和ケアが充実し、穏やかな最期への道が広がる
残る課題・注意点
- 法的な後ろ盾がなく、医師の不安は完全には解消されない
- 本人が意思を表明できない場合の対応は依然難しい
- あくまで「目安」であり、強制力はない
- 家族間で意見が分かれた場合の調整方法が課題
- 普及・教育の取り組みが伴わなければ現場に届かない
今からできること——家族と「最期」を話し合うために
指針が変わっても、最も大切なのは「元気なうちに自分の気持ちを伝えておく」ことです。突然の事故や病気で意識を失った場合、家族は短時間で重大な判断を迫られます。その重さを少しでも和らげるために、日頃からの対話が力になります。
話し合いを始めるきっかけの作り方
「もしものとき」の話は切り出しにくいものです。しかし今回のニュースのように社会的な話題をきっかけにすると自然に始めやすくなります。「このニュース見た?自分だったらどうする?」という一言が最初の一歩になります。
難しく考える必要はありません。「苦しい思いをしてまで長く生きたいか」「家族に負担をかけたくないか」「最期はどこで迎えたいか」——そんな素直な気持ちを共有するだけでも、大きな意味があります。
「グリーフケア」——決めた後の家族を支える
今回の改定案が強く打ち出しているのが、治療終了後の家族への精神的ケア(グリーフケア)です。グリーフケアとは、大切な人を失ったり、難しい決断をした後に生じる悲しみや罪悪感を和らげるための支援です。「自分が治療をやめると決めたせいで死なせてしまった」という重荷を家族が一人で抱え込まないよう、医療チームが寄り添う仕組みを指針として明記したことは、制度面での大きな前進です。治療を終了することは「冷たい選択」ではなく、「本人の意思に沿った温かい看取り」であると社会全体で認識するための土台になります。
「事前指示書」という選択肢
自分の意思をより明確に残したい場合は、「事前指示書(アドバンス・ケア・プランニング)」の作成も一つの選択肢です。将来自分が意思決定できなくなった場合に備えて、どのような治療を望む・望まないかを文書にしておくものです。法的拘束力は現時点で統一されていませんが、家族や主治医にとって大切な「本人の声」になります。
まとめ——この記事のポイント
2026年2月、4つの医学会が約11年ぶりに「生命維持治療の終了に関するガイドライン」の改定案を公表しました。主な変更点は、「終末期」の定義をなくしてプロセスを重視すること、患者本人の意思を中心に据えた話し合いの手順を明確にしたこと、期限付きの試験的治療を可能にしたこと、緩和ケアを具体的に示したことです。
指針はまだ案の段階ですが、医療現場での対話を変える大きな一歩になり得ます。まずは家族との話し合いから始めてみてください。
- 家族のLINEグループでこの記事をシェアして「もしもの話」のきっかけにしてみる
- スマートフォンの「緊急時情報」に延命への希望を一言メモしておく
- かかりつけ医に「人生会議(ACP)」や事前指示書について相談してみる
- ガイドライン案(パブリックコメント)は2026年3月末まで意見を送ることができる
参考リンク:厚生労働省「人生会議(ACP)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02789.html
パブリックコメント(2026年3月末まで):e-Gov 意見提出フォーム
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