ホンダ最大6900億円赤字の衝撃
EV戦略はなぜ誤算になったのか
かつてインテグラ(DC2型)のVTECエンジンでサーキットを走ったあの日。高回転域でカムが切り替わる瞬間の咆哮は、「機械との対話」そのものだった。あのエンジンの魂を、本当に手放してしまうのか——2021年の「脱エンジン宣言」のとき、そんな思いがよぎった。
2026年3月12日、ホンダは上場以来初となる最終赤字に転落する見通しを発表した。その規模は4,200億〜6,900億円(見通し)と幅があり、確定はこれから。三部敏宏社長は「断腸の思い」と述べ、EV戦略の誤算を認めた。
※ VTECとは:エンジンの「呼吸」を回転数に合わせて切り替えるホンダ独自の機構。低回転では燃費よく、高回転では爆発的な加速を生む「魔法の仕組み」として、かつてのホンダ車ファンを熱狂させた。
この記事の要点
- ホンダが上場来初の最終赤字見通し(4,200億〜6,900億円)を発表
- EV需要の成長鈍化・中国での競争激化・政策転換が重なり、EV計画を大幅見直し
- エンジン部門の再編で即時回帰も難しく、今後はHV強化路線へ
- 同様の課題は欧米大手にも共通。ホンダだけの問題ではない
- 二輪車世界1位の底力は健在。会社全体が危機というわけではない
今回の発表、数字で見るとどのくらい深刻なのか
「赤字」と言っても、規模感がわかりにくい方も多いと思います。以下の3つの数字がポイントです。
前期は8,358億円の黒字だった
EV関連費用(最大・見通し)
長期化(前年同月比マイナス継続)
出典:ホンダIR資料・オンライン記者会見(2026年3月12日)
そもそも何が起きたのか、わかりやすく整理する
ホンダはなぜEVに全力を注いだのか
2021年当時、世界各国で厳しい排ガス規制が予告されており、自動車業界全体に「EVへの転換が遅れると生き残れない」という危機感が広がっていた。ホンダはその流れを受け、エンジン技術者を含む大規模な人員構成の見直しを実施。EV開発への集中投資を決断した。
どこで誤算が生まれたのか
EVの販売台数そのものは世界的に増えているが、「成長スピードが鈍化」したことが問題だった。主な要因は4つある。米国でのEV需要の伸び悩み、中国EV競争の激化、米国でのEV補助政策の見直し議論、そして車両価格の高止まりだ。ホンダが北米向けに開発を進めていた「Honda 0 SUV」「Honda 0 Saloon」「Acura RSX EV」の3車種については、採算性の見直しが進められており、計画の変更や延期が報じられている。これに伴う設備の減損損失が今回の赤字の主因となった。
さらに、エンジン開発部門の再編が進み、配置転換や人材再編が行われた結果、「やっぱりエンジンへ戻ろう」という即座の方針転換も難しい状況になっている。
今後はどうなるのか
ホンダは北米・日本向けにハイブリッド車(ガソリンと電気モーターを組み合わせた、燃費とパワーを両立させる仕組み)のラインアップを強化する方針を示した。2040年の「EV・燃料電池車100%目標」についても、現実路線への修正を示唆したと受け止められている。三部社長と貝原副社長はそれぞれ月額報酬の3割・2割を3カ月間返上する。
EVは本当に「失敗」なのか——需要の実態
ホンダのニュースを見て「EVってオワコンなの?」と思った方も多いはずです。ただ、実態はやや異なります。
EV販売は「減っている」のではなく、「成長スピードが鈍化している」というのが正確な表現です。国際エネルギー機関(IEA)によれば、世界のEV販売は2023年に約1,400万台、2024年には1,700万台超に達したとされています。増えてはいるのです。
問題は、2020〜2022年のような急成長ではなくなったこと。各メーカーが「この勢いで普及が進む」と見込んで巨額投資した前提が崩れました。EVは「失敗」ではなく、「想定より普及が遅れている」というのが実態に近いと言えます。地域差も大きく、中国では依然としてEVが急拡大している一方、米国・欧州では伸びが鈍化しています。
日本主要メーカーのEV・ハイブリッド戦略比較
他のメーカーと比べると、ホンダの立ち位置がより鮮明に見えてきます。
| メーカー | 主な戦略方針 | HV展開 | EV展開 | 評価 |
|---|---|---|---|---|
| トヨタ | マルチパスウェイ(全方位) | 強い | 段階的 | 安定 |
| ホンダ | EV集中→HV回帰へ修正 | 強化中 | 損失発生 | 要注視 |
| 日産 | EV先行・e-POWER拡大 | 中程度 | 継続 | 模索中 |
| マツダ | エンジン革新(SPCCI)+HV | 独自技術 | 限定的 | 独自路線 |
なぜトヨタはEVで大きな赤字を出していないのか
「同じ日本の自動車メーカーなのに、なぜここまで差が出たのか」と疑問に思う方も多いはずです。答えはシンプルで、トヨタはEVに一本化せず、ハイブリッドを軸にしながら段階的にEVを導入する「全方位戦略」を貫いたからです。
プリウスで培ったハイブリッド技術が安定した収益源となっており、EVが思うように売れなくても大きな損失を出さずに済む構造になっています。「選択肢を残しておく」という経営判断が、結果的にリスク分散として機能しました。ホンダのEV一択との対比が、今回の明暗を分けた要因の一つとみられています。
ホンダだけじゃない——世界的なEV投資の痛み
「ホンダが特別に失敗した」わけではなく、EV戦略に積極的だった欧米メーカーも同様に苦しんでいます。各社とも巨額の損失を計上・公表しており、EV投資の難しさは業界共通の課題となっています。
| メーカー | EV関連の状況 | 主な対応 |
|---|---|---|
| GM(米) | EV部門で数十億ドル規模の損失を複数年計上 | EV計画を段階的に縮小 |
| フォード(米) | EV部門(Model e)の大幅な赤字が継続 | EV部門を分離して損失を可視化 |
| ステランティス(欧) | 業績悪化によりCEO交代・戦略見直し | EV投資ペースを抑制 |
| ホンダ(日) | 最大2.5兆円規模のEV関連費用(見通し) | HV強化路線へ転換 |
出典:Fortune, Carscoops, Reuters ほか2025〜2026年報道をもとに編集部まとめ
これだけ見ると、EV転換という「大きな波」に乗ろうとした多くのメーカーが、似たような痛みを経験しています。「EV=正解」ではなく、「どう移行するか」が問われていたということでしょう。
「会社が潰れる」わけではない——バイク世界1位という底力
赤字のニュースを見て「ホンダは危ない会社になったのか」と不安になった方もいるかもしれません。しかし忘れてはならないのが、ホンダは二輪車(バイク)の世界販売台数1位という事実です。
スーパーカブをはじめとする二輪事業は新興国を中心に堅調で、今回の四輪EV事業の損失を一定程度カバーしています。
また、ホンダの売上高は直近で約20兆円規模を維持しており、北米市場ではSUVやミニバンを中心に安定した販売を続けています。今回の赤字はEV投資の見直しに伴う損失計上が主因であり、企業の存続危機とは性質が異なります。戦略の軌道修正を早期に決断したと評価する専門家も多く、むしろ今後の立て直しに向けた布石と見ることもできます。
「脱エンジン」戦略のメリットとデメリット
当初の狙い(メリット)
- 規制強化の流れにいち早く対応できる
- EV市場での先行者優位を狙える
- 環境対応企業としてのブランド訴求
- 将来コスト削減の布石になる
実際の問題点(デメリット)
- 熟練エンジン技術者の配置転換・退職が進み、即時回帰が困難
- EV需要予測が想定より伸びなかった
- 中国で現地メーカーに対抗できず
- 上場来初の赤字転落で世間・投資家からの信頼が揺らいだ
世間の本音——ネットコメントからわかること
今回の発表に対して、多くの一般ユーザーから率直な意見が寄せられました。特に多かったのは、「ガソリンエンジンこそがホンダの宝だった」という声です。
筆者からひとこと——DC2インテグラが教えてくれたこと
DC2型インテグラに乗っていたころ、VTECが炸裂する瞬間の感覚は忘れようがない。高回転になるほど研ぎ澄まされる、あのエンジンの鼓動は「ホンダにしか作れないもの」だった。
技術とは一度失うと取り戻すのに膨大な時間と人材が必要だ。ホンダにはまだ優秀な技術者がいる。経営の方向性を修正した今こそ、かつての「エンジンを作る喜び」を取り戻してほしいと、ひとりの元ホンダオーナーとして思う。
私たちの暮らしへの影響——車を買う・乗るユーザー視点
「大企業の話でしょ?」と思うかもしれませんが、実は身近なところにも影響があります。
ホンダ車の中古価格はどうなる?
経営不安が報じられると、一時的にブランドイメージが揺らぎ、中古市場で値下がりするケースがあります。一方で、ホンダ車は走行性能への評価が根強く、長期的には大きな変動にはならないと見る専門家も多くいます。中古車を検討中の方は、焦って決断せず、数カ月様子を見るのも一つの選択肢です。
新車購入タイミングは?
ホンダは今後ハイブリッド新車の投入を加速させる方針を明示しています。現在ガソリン車の購入を考えているなら、近い将来に新しいHVモデルが登場する可能性は十分にあるため、リリース情報を確認してから判断するのが賢明です。
この記事のまとめ(チェックリスト)
- ホンダは2026年3月期に上場来初の最終赤字(4,200億〜6,900億円)に転落する見通しを発表
- 北米向けEV3車種(Honda 0 SUV・Honda 0 Saloon・Acura RSX EV)の計画見直しが主な損失要因。2025・2026年度を合わせたEV関連費用は最大2兆5,000億円規模の可能性
- エンジン開発部門で配置転換・人材再編が進み、ガソリン路線への即時回帰は難しい状況
- 中国市場ではホンダの販売低迷が長期化しており、前年同月比マイナスが続いている
- 今後はHV強化路線へ転換。2040年目標についても現実路線への修正を示唆
- コメント欄では「エンジンこそホンダの強みだった」という意見が多く見られた
最後に——ひとりのホンダファンとして
DC2インテグラで走ったあの日から、ずいぶん時間が経った。あのころのホンダは、乗る人をわくわくさせることに、本気だった。エンジンの音が変わる瞬間のあの感覚は、スペックでも燃費でもなく、ただひたすら「楽しい」の一言だった。
今回の赤字をどう見るか、人によって意見は分かれるだろう。ただ、ひとつだけ言えるのは、ホンダは今、大きな岐路に立っているということだ。失ったものを数えるより、まだ持っているものに目を向けてほしい。世界中で愛されるバイク、北米で売れ続けるSUV、そして何より、かつて世界最高峰のエンジンを作り上げたエンジニアたちの記憶と誇りだ。
「断腸の思い」と言った三部社長の言葉が、どこか本物に聞こえた。であれば、次の一手も、本気で見せてほしい。あのVTECが教えてくれた「ホンダらしさ」を、もう一度。
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