ある30代の小学校教師は、朝5時に起きて7時には学校へ。授業準備、児童の対応、保護者からの電話、職員会議、部活動指導。家に帰るのは夜9時を過ぎることも珍しくありません。
そんな日々が続いたある日、朝起きられなくなりました。体は重く、涙が止まらない。病院で診断されたのは「うつ病」。彼女は決して特別なケースではありません。
2024年度、公立学校の教職員のうち7087人が精神疾患で休職しています。これは全教職員の0.77%に相当する数字です。この記事では、なぜ先生たちがこれほど追い詰められているのか、その実態と背景を詳しく見ていきます。
本記事の数値データは文部科学省の2024年度調査結果に基づいています。教育現場の状況は日々変化しているため、最新の情報は文部科学省の公式サイトでご確認ください。
出典:文部科学省「令和6年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1411820_00009.htm
教職員の休職者数:驚くべき統計データ
文部科学省が2024年12月22日に公表した「令和6年度(2024年度)公立学校教職員の人事行政状況調査」によると、公立の小中高校・特別支援学校における精神疾患による教職員の休職者数は深刻な状況にあります。
2年連続で7000人を超える異常事態
約130人に1人が休職している計算
わずかな減少も依然高水準
学校種別の内訳を見ると
休職者の学校種別では、小学校が最も多く3458人、次いで中学校1639人、高校1006人となっています。小学校での負担の大きさが際立っています。
なぜ教職員の休職は増え続けているのか:三層構造で見る根本原因
7000人超という数字の背後には、単一の原因ではなく、複雑に絡み合った構造的な問題があります。
【表層】目に見える直接要因
児童生徒の問題行動、保護者からのクレーム、職場内のハラスメント、膨大な事務作業。これらは教員が日々直面する具体的なストレス源です。
【中層】制度と業務の構造的問題
教員の業務範囲が曖昧で「何でも屋」状態になっていること、部活動指導が実質義務化されていること、1クラス35人という人数設定、給与体系における残業代の不在(教職調整額4%のみ)。これらの制度設計が、表層の問題を悪化させています。
【深層】社会構造の変化
教員志望者の減少による人員不足、家庭や地域の教育力の低下、SNSの普及による保護者間の情報拡散と学校への監視強化、社会全体のメンタルヘルス問題の増加。教育現場だけでは解決できない、より大きな社会的背景が存在します。
他業界との比較:対人支援職に共通する課題
実は、この問題は教育現場だけのものではありません。医療職や介護職でも、「対人関係の重圧」「責任の重さ」「人手不足」という共通要因でメンタルヘルス問題が深刻化しています。
厚生労働省の調査では、医療・福祉業界でも精神疾患による休職率は高水準です。対人支援を担う職種全体に共通する構造的課題として、社会全体で取り組む必要があります。
なぜ先生たちは追い詰められるのか:休職の主な要因
教育委員会への調査から、休職の要因が明らかになってきました。決して単一の原因ではなく、複数の要因が絡み合っています。
| 要因 | 割合 | 具体的な内容 |
|---|---|---|
| 児童生徒への指導 | 26.5% | 問題行動への対応、授業の進行困難、いじめ問題など |
| 職場の対人関係 | 23.2% | 同僚や管理職との関係、ハラスメント、孤立など |
| 事務的な業務 | 12.7% | 書類作成、調査対応、報告業務の増加 |
| 長時間勤務 | 0.5% | ※直接的な理由として申告された割合。実際には他要因の背景に長時間労働が重なっていると考えられる |
「児童生徒への指導」の裏側にある現実
最も多い要因である「児童生徒への指導」には、表面的には見えにくい問題が隠れています。
ある中学校教師の証言では、授業中に立ち歩く生徒、スマートフォンを手放さない生徒、教師の指示を無視する生徒への対応に追われ、本来の授業がほとんど進まない日もあるといいます。さらに、こうした指導の背後には保護者からのクレームという別の圧力も存在します。
職場の人間関係という見えない重圧
23.2%を占める「職場の対人関係」は、教育現場特有の問題を含んでいます。
日本の公立学校では、教職員同士のリスペクトを規定する就業規則やハラスメント禁止規定が不十分なケースが多く、大声で威圧する教員や陰口を叩く教員が野放しにされる環境があります。多忙化のストレスが他の教員へのはけ口となり、悪循環を生んでいるのです。
教職の本来の魅力
- 子どもたちの成長を間近で見られる喜び
- 一人ひとりの人生に深く関われる意義
- 授業を通じた創造的な活動
- 長期休暇を利用した自己研鑽
- 地域社会とのつながり
現場が抱える深刻な問題
- 授業準備の時間が確保できない
- 保護者からの過度な要求と対応
- 部活動指導の長時間化
- 書類作成など本来業務以外の負担
- メンタルヘルスケア体制の不足
若手教員と復職者が特に危険:データが示す傾向
調査結果からは、特定の層が休職リスクにさらされていることが分かります。
新しい環境での適応困難
調査からは、所属校での勤務年数が浅い教員ほど休職リスクが高い傾向が見られます。転任や新任での職場では、人間関係の構築、学校文化への理解、地域特性の把握など、多くの課題に同時に直面することが背景にあると考えられます。
復職後の再発リスク
より深刻なのは、一度休職から復帰した教員の中に、1年以内に再び休職するケースが相当数存在するという点です。これは完全に回復していない状態での復職や、復職後のサポート体制の不足を示唆しています。
年代別・性別の特徴
年代別では30代が最多となっています。この年代は担任業務、校務分掌、部活動指導など複数の重責を担うことが多く、家庭生活との両立も課題となる時期です。
性別では女性が6割以上を占めています。妊娠・出産・育児といったライフイベントと教職の激務の両立、またセクハラやマタハラのリスクも背景にあると考えられます。
現場から届く声:コメントが語る実態
※以下は現場を知る方々からの一例であり、個別の体験談です。教育現場の状況は地域や学校によって異なります。
インターネット上のコメント欄には、教育現場を知る人々からの切実な声が寄せられています。
定年退職教員の告白
38年間の教職生活を終えたある元教員は、「朝6時起床、夜9時帰宅。土日も仕事。一日中学校のことが頭から離れない。定年退職してやっと人生が楽しいと感じられるようになった」と語っています。現職中は地獄のような日々だったと振り返る言葉は重く、多くの共感を集めました。
30年の現場経験者が見た変化
勤続30年の現職教員は、「昔より明らかに扱いの難しい子どもが増えている」と指摘します。自分本位で我慢できない、言語化が苦手で他者理解ができない子どもたち。背景には電子機器の影響もあると分析しています。同時に、保護者にも同様の傾向が見られ、指導へのクレームが増加しているといいます。
保護者の立場から
小学2年生の子を持つ保護者からは、「新卒の担任が5か月で休職してしまった。クラスはすでに学級崩壊している。緊急保護者会で感じたのは、学校と家庭の役割分担の曖昧さだった。それぞれができることを見極め、協力していく必要があると感じた」という声も。教育現場の問題は、学校だけでなく家庭や社会全体で考えるべき課題であることを示唆しています。
教育現場の改善に必要なこと
- 1クラスの人数削減(現在35人→北欧並みの20~25人へ)
- 教員免許を持たない専門スタッフの配置拡充
- 部活動の地域移行の加速化
- 保護者対応の適切なガイドライン整備
- 教職員向けメンタルヘルスサポート体制の強化
- 事務作業のデジタル化と簡素化
- ハラスメント防止規定の徹底
改善に向けた具体的な方向性
問題の深さを考えると、特効薬のような解決策は存在しません。しかし、取り組むべき方向性は見えてきています。
短期的な対策(現場レベル)
若手教員への初期支援体制の強化、メンター制度の実質化、管理職のマネジメント研修、ハラスメント防止体制の徹底。これらは比較的早期に実施可能です。
中期的な対策(制度レベル)
教員定数の増加、1クラスの人数削減、専門スタッフの配置拡充、部活動の地域移行、業務のデジタル化と簡素化。これには予算と時間が必要ですが、着実に進める必要があります。
長期的な対策(社会レベル)
教職の魅力向上、処遇改善、家庭・地域の教育力向上、学校への過度な期待の見直し。社会全体の意識変革が求められます。
すぐに始められる具体的アクション
- 保護者として:家庭と学校の役割分担の見直し、相互理解に基づく協力関係の構築
- 地域として:学校ボランティアへの参加、部活動の地域移行への協力
- 企業として:保護者である従業員の学校行事参加への配慮
- 行政として:教員定数の見直し、専門スタッフ予算の確保
- 教育現場として:業務の優先順位付け、チーム体制の強化
今、私たちにできること
この問題は決して「先生たちだけの問題」ではありません。子どもたちの教育環境、ひいては社会の未来に直結する課題です。
保護者としてできること
まず、家庭と学校の役割分担を改めて見直すことが大切です。挨拶、感謝、謝罪、人の話を聞く姿勢など、集団生活の基礎となる部分は、本来家庭で身につけるべき内容です。学校は学問を深める場であり、生活習慣の基礎づくりは家庭と学校が協力して進めるものと考えることで、双方の負担が適切に分散されます。
また、学校での出来事について心配なことがあった際は、まず子どもと先生の両方の話をよく聞き、冷静に状況を把握することも重要です。感情的な対応は、問題の解決を遠ざけてしまうことがあります。
地域社会としてできること
部活動の地域移行を積極的に支援すること、学校ボランティアとして教員の負担軽減に協力することなど、できることは多くあります。
政策として求められること
文部科学省は「未然防止、早期発見、早期対応」を掲げていますが、現場が既に疲弊している中で、新たな施策を降ろすだけでは解決しません。教員定数の増加、給与体系の見直し、業務範囲の明確化など、抜本的な改革が必要です。
まとめ:問題の本質と、これからの一歩
2024年度に7087人の教職員が精神疾患で休職している現実は、日本の教育システムが構造的な限界に達していることを示しています。
この問題は表面的には「児童生徒への指導」「職場の対人関係」という形で現れますが、その背後には制度設計の問題、さらには社会構造の変化という深い要因が存在します。
重要なのは、これを「教育現場だけの問題」として片付けないことです。対人支援職全体に共通する課題として、また、子どもたちの未来に直結する社会全体の課題として、それぞれの立場で協力し合う必要があります。
完璧な解決策はありません。しかし、方向性は見えています。
家庭と学校の適切な役割分担、相互理解に基づく協力、地域での支援、行政の制度改革。それぞれの立場で、できることから一歩ずつ進めていくこと。それが、先生たちの健康を守り、子どもたちの教育の質を維持する唯一の道です。
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