2024年12月、共同通信が発表した調査結果が介護業界に衝撃を与えました。ケアマネジャーの有効な資格を持つ人のうち、約4割にあたる推計12.5万人が実際には現場で働いていないという実態が明らかになったのです。
高齢化が進む中、介護サービスの需要は増え続けています。しかし、その要となるケアマネジャーの多くが、せっかく取得した資格を活かしていません。なぜこれほど多くの有資格者が現場を離れているのでしょうか。
この記事では、潜在ケアマネ12.5万人という数字の背景にある構造的な問題と、その解決に向けた動きについて、最新の統計データと調査結果に基づいて詳しく解説します。
潜在ケアマネとは?驚きの実態
介護業界全体の構造的課題
潜在ケアマネの問題は、単なる職種の問題ではなく、介護業界全体の人材不足・高齢化・報酬体系の矛盾といった構造的課題の一部です。
- 介護職員の平均年齢は50歳を超え、若手人材の確保が困難
- 専門職であるケアマネジャーも同様の課題に直面
- 報酬体系の不均衡が人材流出を加速
2024年12月に共同通信が実施した全国47都道府県への調査(2024年10月から12月実施)によると、全国で有効な資格を持つケアマネジャーは約31.1万人いるものの、実際に従事しているのは18.5万人(2023年度厚生労働省統計)に留まっています(出典:共同通信調査・厚生労働省「介護給付費等実態統計」2024年)。
つまり、約12.5万人もの有資格者が「潜在ケアマネ」として現場から離れている計算になります(31.1万人 − 18.5万人 ≒ 12.5万人)。ただし、この数字には定年退職者や、知識習得目的で資格を取得した看護師・医療ソーシャルワーカーなども含まれており、全員が「不満で辞めた」わけではない点に留意が必要です。
資格保有者総数
全国の有効資格者(2024年調査)
実際の従事者
現場で活躍中(2023年度)
潜在ケアマネ
約4割が非従事(推計値)
出典:共同通信「潜在ケアマネ12.5万人調査」(2024年12月20日発表)、厚生労働省「2023年度介護給付費等実態統計」
居宅介護支援事業所は6年連続で減少
さらに深刻なのは、ケアマネジャーが働く居宅介護支援事業所そのものが減少していることです(出典:厚生労働省「介護給付費等実態統計」2024年)。
- 2024年4月:3万6,459件
- 2023年4月:3万7,188件
- 減少数:729件(約2%減)
- トレンド:6年連続のマイナス
2024年6月から8月の3か月間だけを見ても、283事業所が純減(新設307+再開25−休止283−廃止332)しており、統計上、事業所の廃止や休止が新設を大きく上回る深刻な状況が続いています。この事業所減少により、ケアマネジャーとして働きたくても就業機会そのものが減少しているという構造的問題も、潜在ケアマネ増加の一因となっています。
出典:厚生労働省「介護給付費等実態統計」、社会保障審議会介護給付費分科会資料(2024年12月23日)
なぜケアマネとして働かないのか?5つの構造的理由
潜在ケアマネが現場を離れる理由は、賃金の低さ、研修負担の重さ、業務範囲の曖昧さ、24時間対応の精神的負担、カスタマーハラスメントの増加の5点に集約されます。これらは個人の問題ではなく、介護保険制度の報酬体系や業務基準の設計に起因する構造的課題です。
理由1:処遇改善加算の格差が生む低賃金構造
ケアマネジャーの平均年収は約406万円(2022年賃金構造基本統計調査、平均年齢51.6歳、勤続年数10.5年)とされていますが、地域や事業所規模により実態は大きく異なります。
- 神奈川県の実態:事業所提示年収 300万円〜365万円(出典:神奈川県介護支援専門員協会調査2024年2月)
- 潜在ケアマネの希望:平均年収 500万円
- 開き:135万円〜200万円の大きなギャップ
介護職員処遇改善加算※介護職員の賃金向上を目的とした加算制度の不均衡
ここで見落とせないのが、介護職員処遇改善加算の配分格差です。
- 介護現場職員(介護福祉士など)には手厚い処遇改善加算が適用
- 2024年度改定で訪問介護の加算率が2.1%引き上げ
- 居宅介護支援事業所のケアマネは長らく対象外、または配分優先度が低い
- この制度上の不均衡が、ケアマネの相対的な低賃金を生む真の要因
微かな希望:2024年度以降の新しい動き
現在は対象外の居宅介護支援事業所ですが、2024年度以降、一部の法人では独自の配分ルールや新たな加算活用により、現場職員と同等の賃金改善を図る動きも出始めています。特定処遇改善加算を活用し、ケアマネジャーにも配分する事業所が徐々に増加傾向にあります。
特に問題なのは、介護福祉士として夜勤をこなせば月4万円の夜勤手当が得られるのに対し、ケアマネになるとその収入がなくなることです。年間にすると約48万円もの減収になります。「資格を取って昇格したのに収入が減る」という逆転現象が、現場職員のケアマネ転身を妨げています。
出典:厚生労働省「2022年賃金構造基本統計調査」、神奈川県介護支援専門員協会「ケアマネジャー不足の原因を探るアンケート調査報告書」(2024年2月)
理由2:5年ごとの更新研修が大きな負担
ケアマネジャーの資格は5年ごとの更新制で、更新には必ず研修の受講が必要です。この研修が、多くの有資格者にとって大きな壁となっています。
更新研修の実態(2023年度全国平均)
- 研修時間:実務経験者で32時間〜88時間(約3か月間)
- 受講料:実務未経験者54時間で平均3万1,858円、実務経験者88時間で平均3万5,741円
- 費用負担:多くの場合自己負担、研修参加時は有給休暇を使用
出典:厚生労働省「令和6年度全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料」(2024年7月)
都道府県により受講料は異なり、最も高額な地域では4万円を超えるケースもあります。東京都の例では、実務経験者向けの88時間研修は8月上旬から11月下旬までかかり、丸1日の演習を6日間も受講しなければなりません。
現役ケアマネへのアンケート調査では「更新研修の最中に家族が危篤になったが、研修はどんな理由でも早退できず、日程の振り替えもできなかった。最期に間に合わず、大変後悔している」といった声が複数寄せられています(複数のアンケート調査事例に基づく傾向。個人が特定されないよう配慮し、2024年調査結果より)。このような研修制度の硬直性に対する不満は、調査対象者の中で一定の割合を占めています。
理由3:業務範囲の曖昧さ−法的基準と現場の乖離
| 本来の業務(運営基準に基づく) | 実際に求められる業務 |
|---|---|
| ケアプランの作成 | 通院の付き添い |
| サービス担当者会議の開催 | 税金控除の申請代行 |
| モニタリング訪問 | 施設入居の手配 |
| 給付管理業務 | 家族の代わりに各種手続き |
コンプライアンス上の問題
ケアマネジャーは「指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準」に基づき業務を行います。
- 医療行為や家事代行は運営基準の範囲外
- 本来家族が行うべき手続きの代行も基準外
- 場合によっては運営基準違反のリスクあり
- 過度な要求を断ることは不親切ではなく、コンプライアンス遵守として正当
ケアマネジャーは本来「介護保険サービスの調整役」ですが、現実には利用者アンケートや現場調査により、本来の業務範囲を超えた要求を受けているケースが多いことが報告されています。本来は家族がすべきことまで押し付けられ、断れば「不親切」「役所にクレームを入れる」などと言われることもあります(日本介護支援専門員協会調査による)。
この業務範囲の曖昧さは、制度設計における「ケアマネジャーの役割の不明確さ」に起因しています。介護保険サービスだけでカバーできない多様な生活課題(独居高齢者の見守り、認知症夫婦の支援、虐待ケースなど)に対し、ケアマネジャー個人の判断に任されている現状が、過重負担を生んでいるのです。
理由4:24時間365日対応を迫られる精神的負担
多くの居宅介護支援事業所では、ケアマネが社用携帯を常に携帯し、朝昼晩、休日関係なく電話対応をしています。
- 利用者の緊急入院への対応
- 家族からの深夜・早朝の相談
- サービス事業所との緊急調整
- プライベート時間も仕事のことで頭がいっぱい
ケアマネへの聞き取り調査では「就職して2か月で、プライベートと仕事の境目がなくなり、夜も眠れず涙が止まらなくなった。心が持たなくて退職した」といった声が報告されています(複数のアンケート・聞き取り調査事例に基づく傾向。個人が特定されないよう配慮し、2024年調査結果より)。
対人援助職であるケアマネジャーは、利用者や家族の不安に寄り添う「感情労働」※他者の感情に配慮しながら行う労働の側面を持ちます。心理学的に見て、業務の複雑さや責任の重さに対し、見合う報酬やサポートが不足すれば、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」のリスクが高まるのは当然です。
理由5:カスタマーハラスメントの増加
若手ケアマネへの調査では「居宅内でのいじめや、利用者家族から『こんな若いケアマネで大丈夫なの?』という嫌味、カスハラ※カスタマーハラスメント:顧客からの過度な要求や暴言で何度も辞めようと思った」「若手がいじめで辞めていく例を何度も見た」といった声が複数寄せられています(複数のアンケート・聞き取り調査事例に基づく傾向。個人が特定されないよう配慮し、2024年調査結果より)。
これは個人の経験だけでなく、組織としてカスハラに対応するマニュアルや契約解除の仕組みが整備されていない事業所が多いという体制上の問題でもあります。
ケアマネとして働くメリット・デメリットの客観評価
メリット(影響度:大)
- 身体的負担が軽減され、長く働き続けられる(重労働からの解放)
- 介護保険制度に精通でき、専門性が高まる(キャリア価値向上)
- 訪問スケジュールなど、個人の裁量で動ける範囲が広い
- 利用者の生活が変わる瞬間に立ち会える(寝たきり→外出可能など)
- 深い信頼関係を築ける(「あなたに担当してもらってよかった」)
デメリット(影響度:大)
- 夜勤手当がなくなり年間48万円の減収(処遇改善加算の格差)
- 5年ごとの更新研修が大きな負担(3〜4万円自己負担+有給消化)
- 業務範囲があいまいで際限がない(法的基準と現場の乖離)
- 利用者・家族・事業所の板挟みでストレス(制度的矛盾の調整役)
- 24時間対応を求められる(精神的負担、バーンアウトリスク)
ケアマネジャーの専門性:3つの視点を調整する高度な役割
ケアマネジャーが調整する3つの軸(三権分立のような関係)
ケアマネジャーは単なる「調整役」ではなく、以下3つの専門的視点を統合し、最適なケアプランを作成する高度な専門職です。これは医学・生活・経済の三権分立のような関係であり、どれか一つでも欠けると利用者の真の利益は守れません。
この3つの視点を統合する専門性こそが、ケアマネジャーの真の価値であり、社会的地位向上の基盤となるべきものです。
特に重要なのが経済的視点です。ケアマネジャーは利用者の経済的利益を守り、限られた公費(介護保険料)を最適に配分する法律家的な側面を持つ専門職なのです。適切なケアプランにより、利用者の自己負担を抑え、かつ必要なサービスを過不足なく提供する。この高度な専門性こそが、ケアマネジャーの真の価値です。
国や自治体の対策は?現実的な効果と限界
深刻化するケアマネ不足に対し、国や自治体もようやく動き始めています。2024年度の介護報酬改定では、ケアマネの基本報酬が10単位程度引き上げられ、1人あたりの担当件数の上限も44件から49件に緩和されました(要支援の数え方も2人で1人から3人で1人に変更)。
しかし、日本介護支援専門員協会の調査では、78.3%のケアマネが「採用は以前より困難になっている」と回答しており(出典:日本介護支援専門員協会「人材確保に関する調査」2023年12月)、基本報酬の微増だけでは現場の人材不足は解消されていません。
2027年度に向けた制度改革案(検討段階)
主な改革案と期待される効果
- 資格の更新制度を廃止する方向で検討中(ただし、質の担保を求める声も強く、「簡素化」に留まる可能性大)
- 受験資格の実務経験年数を5年から3年に短縮(若手の参入促進が期待されるが、経験不足による質の低下を懸念する声も)
- 対象国家資格の拡充(診療放射線技師、臨床検査技師、公認心理師など追加)
- 研修の分割受講など負担軽減策の導入(ICT活用のeラーニング化も一部で進行中)
- 研修費用の公費負担を検討(千葉県など一部自治体で5,000円〜1万円の補助実施)
重要な注意点:改革案の成立可能性
現時点では、これらは「検討の遡上に載っている」段階であり、決定事項ではありません。特に更新制度の廃止については、質の担保を重視する自治体や学識経験者からの反対意見も根強く、最終的には「内容の簡素化」や「オンライン受講の拡大」に留まる可能性が高いと見られています。過度な期待は禁物です。
日本介護支援専門員協会は「資格の更新制は廃止し、研修受講の義務とは切り離すべき」との立場を表明しています。ただし、専門職として質の向上のための研修機会は必要であり、事業所が研修の必要性を認識できるよう、加算での評価などインセンティブの導入も求められています。
出典:社会保障審議会介護保険部会資料(2024年10月27日)、日本介護支援専門員協会「ケアマネジメントの推進と介護支援専門員の確保育成へ向けて」(2024年5月)
これからケアマネを目指す人へ:持続可能な働き方のための実践的アドバイス
現状は厳しいものの、ケアマネジャーという仕事には大きなやりがいがあることも事実です。制度改革も進んでおり、今後は働きやすい環境が整っていく可能性があります。重要なのは、どのような条件の事業所なら持続可能な働き方ができるかを見極めることです。
職場選びの4つの必須チェックポイント
1. 研修費用・研修参加時の支援体制
- 更新研修の費用を事業所が全額または一部負担してくれるか
- 研修参加時に有給休暇を取得できるか、または勤務扱いにしてくれるか
- 千葉県:県として5,000円〜1万円の補助制度あり
2. ICTツールの導入状況
- ケアプランデータ連携システムを導入しているか
- 事務職員を配置しているか
- 効果:月末月初の事務残業が10〜20時間 → 5時間以内に圧縮される実績
- 休日確保や定時退社に直結する重要ポイント
3. 事業所の規模・組織体制
- 単独の小規模事業所よりも、母体が大きい法人(特養併設など)が有利
- 24時間対応を交代制・当番制にできるか
- ベテランの主任ケアマネがいて、新人指導体制が整っているか
- 東京都練馬区:事業所の垣根を越えた研修制度の例
4. カスハラ対策の整備状況
- 組織としてカスハラ対応マニュアルがあるか
- 契約解除などの対応手順が明確か
- 上司や主任ケアマネへの報告・相談体制が整っているか
- 利用者・家族との面談時に複数人対応できる体制か
事業所規模による違い
単独の小規模な居宅介護支援事業所よりも、母体が大きい法人(特別養護老人ホーム併設など)の方が、24時間対応を交代制にできる、事務職員を配置できるなどの「組織的カバー」が可能です。実際、大規模法人では夜間・休日の緊急対応を当番制にし、オンコール体制を整えている例も増えています。
長く続けるための実践的コツ
ケアマネとして長く働き続けるには、業務の線引きをしっかりすることが大切です。
- 本来の業務範囲(運営基準に基づく)を明確に伝える
- できないことははっきりと断る勇気を持つ(これは不親切ではなく、コンプライアンス遵守)
- 地域包括支援センターや行政とも連携し、一人で抱え込まない
- カスハラには個人で対応せず、組織として対応する
- 自分自身の心身の健康を最優先に考える
まとめ:制度改革と意識改革の両輪で未来を拓く
潜在ケアマネが12.5万人も存在する背景には、処遇改善加算の格差による低賃金構造、過重な研修負担、法的基準と現場の乖離による業務範囲の曖昧さ、24時間対応の精神的負担、組織的カスハラ対策の不備など、複合的な構造的問題があります。
国や自治体による制度改革(更新制度の見直し、実務経験年数の短縮、研修負担の軽減など)も検討段階に入っていますが、それだけでは不十分です。利用者や家族、そして私たち社会全体が、ケアマネジャーの本来の役割−医学的視点、生活視点、経済的視点の3つを統合する高度な専門職−を正しく理解し、適切な敬意を払うことが必要です。
介護を必要とする人が安心してサービスを受けられる社会を実現するには、ケアマネジャーという専門職が尊重され、持続可能な働き方ができる環境が整うことが不可欠です。これは決して他人事ではなく、私たち全員が直面する超高齢社会の未来に関わる問題なのです。
事業所選びの際は、研修費補助・ICT導入・組織規模・カスハラ対策の4点を必ず確認し、自分自身の心身の健康を守りながら、専門職としての誇りを持って働き続けられる環境を選択してください。
※本記事について:本記事は、厚生労働省や各種公的機関の統計データ、および匿名アンケート調査に基づいて作成されています。個人が特定される情報は一切含まれておりません。また、法的・制度的な内容については、2024年12月時点の情報に基づいており、今後変更される可能性があります。
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