透析中止後の緩和ケア拡大へ|2025年厚労省方針・2026年度実施予定の全知識
「父の透析を続けるのは本人も苦しそうで…でも、緩和ケア病棟はがん患者専用だと聞いていたので諦めていました」
透析治療の現場で、実際に多くの家族から聞かれる声です。末期腎不全で透析継続が困難になった患者とその家族は、これまで十分な緩和ケアを受けられる選択肢が限られていました。しかし2025年11月5日、厚生労働省が発表した新方針により、この状況が大きく変わろうとしています。
この記事でわかる3つのポイント
- 透析中止患者が緩和ケア病棟の対象になる新制度の詳細(2026年度診療報酬改定で実施予定)
- 対象は「透析を中止した末期腎不全」等、要件あり(詳細は今後の告示・通知で確定)
- 家族が今すぐ準備すべき具体的なステップと医療機関選びのポイント
重要なお知らせ
本記事は2025年11月5日時点の厚生労働省方針表明に基づいています。具体的な診療報酬改定は2026年度(通常は4月実施)に向けて検討中であり、実施時期や詳細な要件は今後の正式告示をご確認ください。医療機関や自治体によって対応時期が異なる可能性があります。
なぜ今、透析中止患者への緩和ケアが必要なのか
人工透析は、腎臓の機能が低下した患者にとって生命を維持するための重要な治療です。しかし、体力の著しい低下や他の重篤な疾患の併発により、透析治療の継続自体が患者の身体に大きな負担となるケースが存在します。
透析を中止すると、体内に老廃物や余分な水分が蓄積し、数日から2週間程度で急激な身体機能の悪化が起こります。この過程で患者は呼吸困難、強い倦怠感、痛み、不眠などの深刻な苦痛を経験することが医学的に知られています。
※重要な補足:透析中止後の生存期間は、年齢・基礎疾患の有無・残存腎機能(尿量)・全身状態などにより大きく個人差があります。すべての患者が同じ経過をたどるわけではありません。
従来の制度における課題
これまで緩和ケア病棟の診療報酬算定対象は、がんとエイズ患者に限定されていました。そのため、腎不全患者が緩和ケア病棟に入院しても、医療機関が受け取れる診療報酬が低く設定されており、結果として受け入れを躊躇する医療機関が少なくありませんでした。
透析治療患者数
透析中止後の平均生存期間
改定実施予定
新方針の具体的な内容
厚生労働省が中央社会保険医療協議会で示した方針では、人工透析を中止した末期腎不全患者を緩和ケア病棟の診療報酬算定対象に追加することが明確にされました。
対象となる患者の条件
新制度の対象となるのは、単に透析を中止した患者すべてではありません。以下のような状態にある末期腎不全患者が想定されています。
- 透析治療の継続が医学的に困難、または患者本人の意思により中止を決定した場合
- 身体機能の急速な悪化が予測され、呼吸困難や痛みなどの苦痛緩和が必要な状態
- 患者本人、家族、医療スタッフの三者による十分な話し合いが行われている
- 施設の倫理委員会や弁護士・学識経験者など第三者が関与する体制が望ましいとされる
第三者関与の意義について:透析中止は、中止後に死亡が早まる可能性が高い重大な医療行為です。そのため、判断過程の透明性を確保し、患者本人の真意に基づいた決定であることを保証することが重要です。多くの医療機関では、院内倫理委員会や複数の医療専門職による検討、場合によっては弁護士や学識経験者などの第三者が関与する体制を整えることが推奨されています。
緩和ケア病棟で受けられる具体的なケア
緩和ケア病棟では、末期腎不全患者に対して以下のような専門的なケアが提供されます。
緩和ケアで行う代表的な医療・ケア
- 呼吸困難に対するモルヒネなどの医療用麻薬を用いた症状調整
- 不安や抑うつに対する精神的サポート・カウンセリング
- せん妄(意識の混乱)への薬物療法と環境調整
- 不眠に対する睡眠薬調整と生活リズムのサポート
- 水分管理、浮腫(むくみ)のケア、電解質バランスの調整
- 家族へのグリーフケア(悲嘆のサポート)と心理的支援
- 24時間体制での苦痛への迅速な対応
- 本人の尊厳を保ちながら最期の時間を過ごせる環境整備
がん患者との比較
| 項目 | 末期がん患者 | 透析中止後の腎不全患者 |
|---|---|---|
| 身体機能の悪化速度 | 数週間〜数ヶ月かけて進行 | 1〜2週間で急速に進行 |
| 主な苦痛症状 | 痛み、倦怠感、食欲不振 | 呼吸困難、痛み、不眠、倦怠感 |
| 従来の緩和ケア病棟対象 | 対象(診療報酬算定可) | 対象外(低額の入院料のみ) |
| 2026年6月以降 | 継続して対象 | 新たに対象へ追加予定 |
患者と家族が知っておくべき実践的なポイント
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性
緩和ケアへの移行を円滑に進めるためには、事前に患者本人の意思を明確にしておくことが極めて重要です。これをアドバンス・ケア・プランニング(ACP)、別名「人生会議」と呼びます。
ACPでは、透析治療の継続が困難になった場合にどのような医療を受けたいか、どこで最期を迎えたいか、苦痛緩和についてどう考えるかなどを、元気なうちから家族や医療スタッフと話し合い、書面に残しておきます。
ACP実践のための5つのステップ
- 主治医や看護師に「将来の治療方針について相談したい」と伝える
- 家族を交えて、自分の価値観や希望する医療について話し合う
- 透析継続が困難になった場合の選択肢について、具体的な説明を受ける
- 緩和ケアについての情報収集を行い、見学可能な施設があれば訪問する
- 話し合った内容を書面に記録し、定期的に見直しと更新を行う
家族内で意見が分かれた場合の対応
透析中止や緩和ケアへの移行について、家族内で意見が対立することは決して珍しくありません。また、患者本人が話せない状態になった場合、どのように意思を確認すればよいか不安に感じる家族も多いでしょう。
意見対立時の支援体制:多くの医療機関には意思決定支援チーム(医師・看護師・ソーシャルワーカー・臨床心理士など)が配置されています。家族内で意見が分かれた場合や、本人の意思が不明確な場合には、このチームが仲介し、家族会議を設定することが可能です。遠慮せずに医療機関の相談窓口に申し出ましょう。
意思決定プロセスにおける透明性の確保
透析中止という重大な決定には、患者本人と家族、医療スタッフによる十分な話し合いが不可欠です。多くの医療機関では、決定プロセスの透明性と適切性を担保するため、院内倫理委員会での審議や、弁護士・学識経験者などの第三者が関与する体制を整えることが推奨されています。
新制度のメリット
- 専門的な苦痛緩和治療を受けられる環境が整う
- 医療用麻薬などを用いた適切な疼痛管理が可能
- 患者の尊厳を保ちながら最期の時間を過ごせる
- 家族も安心して看護に専念できる支援体制
- 医療機関の受け入れ体制が向上する見込み
- 24時間体制での症状管理と迅速な対応
課題と注意点
- 2026年度(通常4月)まで正式実施は待つ必要がある
- すべての緩和ケア病棟で受け入れ可能とは限らない
- 地域によって対応できる医療機関に差がある可能性
- 医療従事者への教育・研修が追いつかない懸念
- 意思決定支援の体制整備に時間を要する
医療現場における今後の展開
診療報酬改定の意義
診療報酬が改定されることで、緩和ケア病棟が腎不全患者を受け入れた際に、医療機関が適切な報酬を得られるようになります。これにより、これまで経済的理由で受け入れを躊躇していた医療機関も、積極的に対応できる環境が整います。
医療従事者の対応力向上
腎不全患者特有の症状管理には、がん患者とは異なる専門知識が必要です。厚生労働省は、水分管理、電解質バランスの調整、尿毒症症状への対応など、腎不全特有の医療的対応についても、医療従事者の研修を充実させていく方針を示しています。
年齢層別の考慮ポイント
70歳以上の高齢患者の場合:
高齢になるほど透析治療そのものが身体への負担となります。体力の低下、認知機能の変化、通院の困難さなどを総合的に判断し、生活の質(QOL)を重視した選択肢を早めに検討することが推奨されます。
50〜60代の患者の場合:
比較的若い年齢層では、透析継続の可能性を最大限追求する一方で、将来的な選択肢についても情報を得ておくことが重要です。家族との十分なコミュニケーションを心がけましょう。
地域による違いと今後の課題
都市部と地方の格差
緩和ケア病棟の数は地域によって大きく異なります。都市部では複数の選択肢がある一方、地方では受け入れ可能な施設が限られている現状があります。新制度導入後も、この地域格差は当面の課題として残る可能性があります。
なお、緩和ケア病棟の見学や相談については、医療機関に直接問い合わせるほか、地域包括支援センターやがん相談支援センター(緩和ケア全般の相談も可能)でも情報提供を受けられます。事前に問い合わせて見学の可否を確認することをお勧めします。
在宅緩和ケアとの連携
緩和ケア病棟だけでなく、在宅での緩和ケアも選択肢の一つです。訪問診療、訪問看護、訪問介護などのサービスを組み合わせることで、自宅で最期を迎えることを選ぶ患者も増えています。新制度では、在宅緩和ケアとの連携強化も視野に入れた体制整備が期待されます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 新制度が始まったら、すぐに緩和ケア病棟に入院できますか?
A. 緩和ケア病棟の空床状況や地域によって異なります。都市部でも予約待ちが発生する場合があり、地方では選択肢が限られていることもあります。早めに主治医や医療相談室に相談し、地域の受け入れ状況を確認することが重要です。
Q2. 緩和ケア病棟と在宅緩和ケアの併用は可能ですか?
A. はい、可能です。症状が安定している期間は在宅で過ごし、症状が悪化した際に緩和ケア病棟に入院するといった柔軟な対応ができます。ただし、地域の訪問診療・訪問看護の体制によって対応できる範囲が異なるため、地域包括支援センターなどで相談してください。
Q3. 緩和ケア病棟の費用はどのくらいかかりますか?
A. 緩和ケア病棟は包括入院料制度となっており、従来のがん患者と同様の評価が適用される見込みです。ただし、具体的な診療報酬点数や患者負担額の詳細は、2026年度の診療報酬改定で正式決定されます。一般的には高額療養費制度の対象となるため、所得に応じた自己負担上限額が適用されます。
今、あなたができること
情報収集と相談の開始
新制度の正式実施は2026年度(通常4月の診療報酬改定時)ですが、今からできる準備があります。まず、主治医に対して緩和ケアや終末期医療についての相談を希望する旨を伝えましょう。多くの医療機関には医療相談室やソーシャルワーカーが配置されており、専門的なアドバイスを受けることができます。
地域の医療資源の確認
お住まいの地域にどのような緩和ケア施設があるか、事前に調べておくことも有効です。市区町村の福祉課や地域包括支援センターで情報提供を受けられます。
医療機関選びのチェックポイント
- 透析中止に関連する症状管理の経験がある医師が在籍しているか?
- 緩和ケア病棟や緩和ケアチームと連携体制があるか?
- 在宅医療への移行が可能な体制が整っているか?
- 意思決定支援のための多職種チームが機能しているか?
- 家族向けの相談窓口やサポート体制があるか?
チェックリスト:今すぐ確認すべき5項目
- 主治医に緩和ケアについて相談する時間を設けてもらう
- 家族と終末期医療について率直に話し合う機会を作る
- 地域の緩和ケア病棟の所在地と連絡先を調べる
- 医療機関の相談室で利用可能な支援制度を確認する
- ACPの書式について情報収集し、記入を検討する
最後に:一人ひとりに寄り添った医療の実現へ
透析治療を受ける患者とその家族にとって、治療の継続が困難になった際の選択肢は、これまであまりにも限られていました。今回の厚生労働省の新方針は、医療の現場が長年抱えてきた課題に対する重要な一歩です。
大切なのは、制度が整うことを待つだけでなく、今この瞬間から、自分自身や家族の希望について考え、話し合いを始めることです。人生の最終段階における医療は、正解が一つではありません。一人ひとりの価値観、生き方、そして最期の迎え方は異なります。
新しい制度によって、より多くの選択肢が提供され、患者本人の意思が尊重される医療が実現することを願っています。そのためにも、医療者と患者・家族が対等な立場でコミュニケーションを取り、共に最善の道を探っていくことが何より重要です。
明日からできる3つのアクション
- 次回の診察時に、主治医に「将来の治療方針について相談したい」と伝える
- 家族との夕食の時間に、互いの価値観や希望について話す機会を設ける
- お住まいの地域の緩和ケア施設について、インターネットまたは市区町村窓口で情報を集める
出典・参考資料
本記事は以下の一次情報・公的資料に基づいて作成されています。信頼性確保のため、主要な情報源へのリンクを掲載しています。
一次情報源(行政資料)
- 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 総会(第598回)2025年11月5日開催
- 中医協 総-8「個別事項(その11:緩和ケアについて)」配布資料PDF
- 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
統計データ・学会資料
- 日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2023年12月31日現在)」統計調査報告(患者数:343,508人)
- 日本腎臓学会「腎不全患者の緩和ケアに関する提言・ガイダンス」
- 日本透析医会「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」
報道記事(2025年11月5日配信)
- 共同通信「緩和ケア、腎不全患者を追加方針 診療報酬で評価、体制整備」
- 読売新聞「人工透析を中止した末期患者、新たに緩和ケア病棟の対象に…厚労省が方針」
- 産経新聞「透析中止後の腎不全、緩和ケア病棟の対象に 厚労省が中医協で方針」
参考ガイドライン
- 厚生労働省「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」啓発資料
- 日本緩和医療学会「専門的緩和ケアに関する診療ガイドライン」
- 日本老年医学会「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」
注意事項
- 本記事の情報は2025年11月5日時点のものです
- 具体的な診療報酬改定は2026年度(通常4月実施)に向けて検討中であり、詳細は今後の告示・通知で確定されます
- 個別の医療判断については、必ず主治医や専門医にご相談ください
- 地域や医療機関によって対応状況が異なる場合があります
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